■欧州移籍は失敗だったのか!?清武弘嗣編■

2017年 ヨーロッパの移籍期間終了のホイッスルが鳴ろうとしたアディッショナルタイムに”まさか”が起きそう!

というのも、スペインリーグに身を置いていた MF 清武弘嗣(27)選手のJリーグ復帰が間近との報道が( ゚Д゚)

清武選手といえば、日本代表としても頭角を現してきて、中心となりつつある ”現在進行形絶賛売り出し中” 日本きってのMFの一人。まさに順風満帆と言っても過言ではない清武選手に ”今、何が起こっているのか!?”  過去をたどりながら、注目してみました!

 

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日本から海外へ

清武選手のJリーグ時代といえば、セレッソ大阪で MF香川真司選手の後継者というイメージが強いのではないでしょうか。
ただ、意外にも2008年にJリーグデビューはセレッソ大阪ではなく、出身地の地元クラブ ”大分トリニータ”(2016 J2昇格)でした。

 

余談:当時の大分はタレント揃いで、FW 金崎夢生(鹿島アントラーズ)、MF 家長昭博(川崎フロンターレ)、DF 森重真人(FC東京)、GK 西川周作(浦和レッズ)と、いまや日本を代表とする選手ばかり(=゚ω゚)ノ
そして、2010年にセレッソ大阪へ移籍し、スタメンを奪取!
個人成績も、2010~2012シーズンで2ケタ得点、2桁アシストを記録し、2012シーズン途中で海外クラブへの移籍に至った。

 

当時、プライベートでも地元が一緒の一般女性と結婚(授かり婚?w)。
それから1年後には、23歳での海外挑戦。ちょうどこの時ぐらいから、日本A代表にも召集され始め、公私ともども順調そのものだったのではないでしょうか(^◇^)
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海外クラブでの試行錯誤

初めの移籍先に選んだのはドイツ1部のニュルンベルグだった。

 

ドイツは過去にも香川選手をはじめ、日本代表でキャプテンを務める長谷部選手と、幾人もの日本人選手が挑戦し成功を納めている地。清武選手も移籍早々からレギュラーを獲得していた。

 

そして 2014年には2チーム目となる、ドイツのハノーファーへの移籍に至る。
そこでもチームの中心となり、ハノーファー2年目には背番号10番を背負った。個人成績としても2シーズンで10得点をマークした。

 

ただ個人成績とはうってかわって、チーム成績には全くといっていいほど恵まれなかった。というのも、ニュルンベルグ、ハノーファー、さらに前を言えば大分トリニータ時代。皮肉なことに、3チームともで降格を味わっている。こういう選手も珍しいのではないだろうか。

 

そして 2016年には、スペイン1部のセビージャへの推定移籍金8億円の高額移籍に至った。一時期はセビージャでも背番号10が噂されるほどで、周囲の期待は大きかったに違いない。現に私も、清武選手ならスペインでも十分通用すると思っていた。
ただ結果は4試合のみの出場という形でスペインを去ることになってしまった。
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そして古巣へ

今この記事を書いているときに、清武選手の4年ぶりの古巣 セレッソ大阪への移籍が決定した。
なぜこのタイミングでJリーグに? 様々な憶測が飛び交っている。
言葉の壁、出場機会を求めて、家族の問題等々。ただ本人がJリーグ復帰を強く望んだことは間違いないようだ。

 

今年J1への昇格を決めたセレッソとしては、喉から手が出るほど欲しかったと予想される。

 

結果だけを見ると、今回の海外移籍は失敗だったという人もいると思う。
ただ、約4年間の海外クラブでの戦いは、世界を知る上でもかなりのキャリアになったのは間違いない。まだ27歳、セレッソでの活躍次第では再度、海外クラブへの挑戦の話が出てもおかしくないと思う。
その時に、今回の海外挑戦が成功だったのか、失敗だったのか、判断できるのかもしれない。

 

一、サッカーファンとしては、清武選手のプレーをJリーグで観れるのは嬉しくて仕方ない。

 

最後まで読んでいただき本当にありがとうございました^^

 

 

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